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<154>教科よりも大事な学び

2019年11月27日
たたずまい

たたずまい

 僕は小学生の時、6年間で5人の担任に受け持ってもらった。幸い、良い先生たちに恵まれたと思っている。中でも2人の先生とは、今もたまにメールやLINEで連絡をとらせていただいている。
 4年生のときの担任は、当時20代前半の男の先生だった。明るい性格で、休み時間に時々一緒に遊んでくれた。授業を中断して怪談を話したり、お楽しみ会を開いたりと、子どもの心を掴んでくれた先生だった。10年ほど前に自宅にうかがったところ、古い蓄音機とレコードの膨大なコレクションを見せてくださった。とにかく遊び心のある、魅力的な先生だった。
 6年生のときの担任は、中堅の女性の先生だった。威厳がありながらも包容力があり、子どもの様子を見ながらさりげなく声をかけてくれた。前年度まで他の学校に勤務されており、僕たちのクラスが転勤して最初に担当したクラスだったのだが、4月の始業式の日に30人の子ども一人ひとりに向かって名簿を見ることなく名前で呼びかけられたのにとても驚いたことを覚えている。昨年お会いしたとき、そのことについて尋ねたところ、転勤早々に自分が担任する子どもたちの写真と名前をもらって、始業式に間に合うように覚えてきたとのことだった。
 正直なところ、これらの先生たちに教科学習を教わった記憶はほとんどない。小学校の頃の僕は成績が良く、学校で習うことのほとんどは授業より前から知っていることだった。塾にも行っていたので、僕にとって教科学習を学ぶ場は、学校ではなく塾だった。それでもなお、僕にとって学校は楽しい場所だったし、これらの先生のことを今も尊敬している。それは、教科学習のようなうわべのことではなく、もっと根源的、本質的なことを教えてくれた師として、である。4年生のときの先生には、明るい遊び心の大切さを教えていただいた。6年生のときの先生からは、職業人のあるべき姿勢を学んだ。これらは、僕の人格形成や職業意識に確実に大きな影響を与えている。
 おそらく2人の先生たちは、そのようなことを教えてやろうと思って仕事をされていたわけではないだろう。「これを教えてやるから学びなさい」という態度が見えていたら、僕たちは本能的に違和感を抱いたはずだ。これらの先生たちの仕事に向き合う真摯な姿勢や、個々の子どもを一人の人間としてリスペクトする気持ちを子どもたちは感じ取ったからこそ、何かを学んだと思えたのだ。それは、教科よりはるかに大事なことだと思う。(本田秀夫・信州大医学部子どものこころの発達医学教室教授)

「ドクター本田のにじいろ子育て」は第2、4水曜日に掲載します