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<143>不要な目標は「排除」生む

2019年06月12日
みんな違っていい

みんな違っていい

 前回、子どもを褒めても「次」は期待しないということを書いた。今回は、「誰かが褒められるようなことをしたときに、次はそれを他の人たちにも求めるのは筋違いだ」という話をする。
 ある小学校のクラスの学級会で、子どもたちが「給食にきらいなものが出ても、必ず一口は食べよう」という目標を決めたそうだ。もともと担任の先生は、嫌いなものを無理に食べなくてもよいことにしていた。ところがある日、ひとりの子どもが給食に入っていた嫌いなおかずを頑張って食べたので、先生がそれを褒めたところ、その直後の学級会でこのような目標が定められてしまった。先生も「子どもたちが発案し、話し合って決めたことだから」と、特に反対はしなかった。すると、日頃から感覚に過敏なところがあって食べられる食材がきわめて限られている子どもが、登校できなくなってしまったのだ。
 学校のような集団生活の場では、ときどき誰かが何かを頑張ったり善意で行ったりして、賞賛されることがある。褒められるのは、普通ならしないようなことをしたからだ。それまでは、やらなくても決して非難されなかった。しかし、次からは他の人たちも同じことをやるように、と目標が立てられてしまうことはないだろうか? 目標は、いつしかノルマになり、それをやらない人たちが批判されるようになる恐れがある。
 先生が目標を立てる場合だけでなく、子どもたちが自発的に自らに高いハードルを課してしまうこともある。すると今度は、やるのが当たり前で、やらない人が非難されるような雰囲気が出てきて、それまで何も非難されなかった人の一部が、突如として肩身の狭い思いをすることになる。
 子どもたちの心身の健康を考える立場からみて、学校にこのような全体主義的な雰囲気が発生することは、厳重に注意して防がなければならない。やっている当事者たちがよかれと思ってやっているのに、結果として新たないじめや排除の対象を作り出すことになるのだ。
 障害のある人たちへの配慮など、それまでやられていなかったことで一部の人に対して不公平な状態であったことであれば、誰かが気づいてやり始めたことを、みんなで定着させたい。しかし、やらなくても非難される筋合いのないことなのにやらねばならないような雰囲気を作るのは、いじめの構図だ。一見似ているが、この違いは大きい。
 不必要な目標やノルマが次々と立てられて、集団生活が息苦しくなることのないよう、注意したい。
 (本田秀夫・信州大医学部子どものこころの発達医学教室教授)

「ドクター本田のにじいろ子育て」は第2、4水曜日に掲載します