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<137>面白いと言える環境を

2019年03月13日
面白いこといっぱい

面白いこといっぱい

 外来に何度か通っている子どもたちの診察で、僕は「最近何か面白いことはあった?」と、まず尋ねてみることが多い。
 どこかに遊びに行ったことなどを挙げる子どもが多いが、最近始まったヒーロー番組の話や、今ハマっているユーチューバーの話をする子どももいる。ひとしきり盛り上がったところで、「じゃあ、嫌なことはあった?」と尋ねると、嫌な話題でも少しは話しやすい雰囲気になる。
 時々、面白いことはなかったと答える子どもがいる。横にいる親が「この間○○に行ったのは?」などと言うと、「あ、そうそう。あれは面白かった」などと答える子どももいる。しかし、「あれはそんなに面白くなかった」などと言って、結局面白かったことを挙げない子どももいる。
 何かを面白がることは、子どもの成長にとって大事だと説く人は多い。「おもしろ大百科」というタイトルの児童書が昔から定番なのは、子どもたちに人気があるからだけでなく、親たちが子どもに買い与えたくなるからでもある。この場合の「面白い」という言葉には、「興味を惹く」「知的好奇心を刺激する」という意味がある。この意味の「面白い」という経験をたくさん積んだ子どもは、たしかに情緒的に安定し、意欲的に育つ。
 でも、「面白い」と子どもが感じるものの中には、大人があまり快く思わないものもある。ゲームやスマホはその筆頭だ。年齢が上がるにつれ、子どもがとても面白いと思うことは大人からいい顔をされず、大人が勧めるものは子どもが面白いと思えない、ということが増える。子どもが大人に向かって「面白い」と思ったことを生き生きと語れるのは、たまたま大人も承認できることに限られる。
 「面白い」という言葉は、多義的でもある。「面白半分」や「面白おかしく」という表現は、どちらかといえば批判的な場面で用いられる。このときの「面白」は「真剣でない」「ふざけている」というニュアンスになる。大人たちが知的好奇心よりも「ふざけることを許さない」という雰囲気を出していれば、子どもは面白いと思う気持ち自体を抑え込んでしまう。
 面白いと思うことがあってもそれを言わず、「特にない」などと言う子どももいるだろう。そのような子どもは、ストレスを抱え込むおそれがある。事実、こころの診療に来る子どもたちは、なかなか素直に「面白い」と言ってくれない子どもの割合が多い。
 子どもが素直に「面白い」と言える環境づくりを、積極的に考えていきたいものだ。(本田秀夫・信州大医学部子どものこころの発達医学教室教授)

「ドクター本田のにじいろ子育て」は第2、4水曜日に掲載します