ホーム
最新
山梨
全国・海外
スポーツ
Eye
安心・安全情報
おくやみ・催し・人事
写真・動画
分かる・知る
ビジネス

<132>いじめ 情報出し合い防ぐ

2018年12月26日
なかったことにしないで

なかったことにしないで

 先日、NHKのニュースで次のような報道があった。
 国は3年前、都道府県の教育委員会などに対して、「いじめが年間で0件」という学校は保護者や子どもに公表して、認知漏れがないか確認するよう求める通知を出した。しかし、NHKの取材に回答のあった44都道府県のうち、いじめが0件という学校が実際に公表したかどうか把握しているのは、2016年度は七つの県のみであった。このうちのある県では、いじめが0件だと報告した学校に対して再調査を求めたところ、17の学校で埋もれていたいじめが見つかっていた。
 文部科学省によるいじめの定義は、「児童生徒に対して、当該児童生徒と一定の人的関係にある他の児童生徒が行う心理的又は物理的な影響を与える行為であって、当該行為の対象となった児童生徒が心身の苦痛を感じているもの」となっている。ほとんどの人が、学校で誰かとけんかした経験や、誰かをからかったり、逆にからかわれたりした経験はあるだろう。その際に、当事者の誰かが「いじめられた」と思い、心身の苦痛を感じれば、それはいじめである。
 このように考えると、学校でいじめがゼロということは考えにくい。おそらく、「いじめが0件」と公表すれば、「いじめがあったのにカウントされていない」という反応があることを予想して、公表をためらった学校が多かったのだろう。
 いじめは、ゼロを目指すべきである一方で、そう簡単にはゼロにならないとの認識が必要だ。いじめが1件でもあるのは恥ずべきことという風潮をつくると、それは隠蔽体質につながる。ここには、医療事故の対策と同じ発想が必要だと思う。
 医療では、重大な医療事故の背景に、その何倍もの「ヒヤリ・ハット」(事故には至らなかったが場合によっては事故に直結したかもしれないエピソード)があるとの認識がある。ヒヤリ・ハットはつきものであり、それを隠さずに情報を共有することで、大きな事故の予防が可能となると考えられている。
 いじめも同様だ。ちょっとしたけんかやからかいの積み重ねが、深刻ないじめに発展する。それを防止するには、わずかなトラブルでも隠すことなく情報を出し合い、深刻ないじめへの発展を防ぐ習慣を、学校の当然の文化として根付かせていくことが必要だと思う。
 医療現場では、今や「ヒヤリ・ハット」事例を出さない方がおかしいとすら考えられており、問題が小さな段階で予防するという発想が浸透している。学校におけるいじめの問題への対策も、変えられないわけはない。(本田秀夫・信州大医学部子どものこころの発達医学教室教授)



「ドクター本田のにじいろ子育て」は第2、4水曜日に掲載します