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<123>個人に合ったペースで

2018年08月08日
「好き」を応援したい

「好き」を応援したい

 人が何を好み、得意とし、何を嫌い、苦手とするかは、本人がいくら努力しても変えられないことがある。
 性的少数者(LGBT)の人たちのことを「生産性がない」と発言した議員が、多くの人たちから批判された。本人の努力では変えようもない特性に対して、「生産性」という多数派の論理で優劣をつけたことが問題となった。このような形で人に優劣をつける発想は、社会的弱者だけでなく、自分のことを普通と思っている人たちをも権力が強く抑圧する構図を生み出しやすい。もし出生率の高低によって都道府県に序列がつけられ、出生率の低い自治体の職員の給与や昇進が抑制されるような政策が実行されたら、どうなるだろうか? 子どものいない家庭やLGBTの人たちへの風当たりが強まり、互いに監視しけん制し合う雰囲気が生まれる。これはまさに監視国家だ。
 先日、平成30年度全国学力・学習状況調査(全国学力テスト)の結果が発表された。全国の小学6年生と中学3年生を対象に毎年行われ、都道府県・政令指定都市ごとに平均成績のデータが公表される。その順位向上を目標に掲げる自治体もあるという。今回も、平均成績が下位であったある自治体の長が、成績に応じて校長や教員のボーナスや学校に配分する予算額を増減させる制度の導入を検討するという報道があった。
 学力も、努力だけではどうしようもない。学力テストの成績によって校長や教員を査定すれば、成績の悪い生徒とその家庭への風当たりが強まり、教師や生徒同士が監視し合う雰囲気が形成される可能性がある。いじめにつながりやすい監視国家的発想だ。
 好きな領域や得意な科目の学習を進め、高みを目指し、競争することは、当然必要だ。高等教育の入学試験のように、本人が自分の能力や意志に応じて選択して受けるのであれば、競争も問題ない。しかし、全国学力テストは入学試験とは違う。教科学習が苦手な生徒や好きになれない生徒も含め、全員が受けるテストをやるとすると、その目的はあくまで学力の全体的な把握にとどめるべきであり、優劣を競わせるべきではない。平均成績の優劣で教師を査定することなど、論外だ。
 好きなことや得意なことはどんどんやればよいが、個人の特性に合わないことは、その人なりのペースでやるしかない。そこに干渉し、支配しようとする監視国家的な意図が見え隠れするという点で、LGBTを批判する議員と全国学力テストの成績によって教員を査定しようとする自治体の長の発想の根底は同じだと思う。(本田秀夫・信州大医学部子どものこころの発達医学教室教授)

「ドクター本田のにじいろ子育て」は第2、4水曜日に掲載します