ホーム
最新
山梨
全国・海外
スポーツ
Eye
安心・安全情報
おくやみ・催し・人事
写真・動画
分かる・知る
ビジネス

<122>変化する言葉の使い方

2018年07月25日
時の流れとともに

時の流れとともに

 「ふつうに」という言葉の使い方が、若い人たちを中心に変化している。「お世辞ではなく、本当に」というような意味で「ふつうに」という言葉を使うのだ。「私が作ったケーキ、食べてみて」と言われて食べてから「うん、ふつうにおいしいね」と感想を述べるのは、「お世辞でなく本当においしい」という意味になる。
 もともと、何かの評価や感想を述べるような場面で「ふつう」という言葉を言うときは、「可もなく不可もなく」とか「褒めるほどではない」といったニュアンスであった。だから、若者以外の多くの大人たちは、若い人と話していて「ふつうにすごいですね」などと言われるとかなり違和感を覚える。
 こういうときに「最近の若者は言葉の使い方を知らない」などと批判しても、あと数十年して生き残っている確率が高いのは若い人たちなので、将来はそれが標準的な使い方となるかもしれない。実際、どの世代の大人でも、上の世代から批判された言葉を使い続け、それが定着したという経験は必ずあるはずだ。言葉とはそういうもの、と考えるしかない。だから「正しい言葉づかい」「その言い方は間違っている」という指導や批判をしても仕方のないことだ。
 ただ、言葉の使い方や意味が変わってきたときに、以前はどのように用いられ、今はどのように変わってきたのかを知っておくことは、大事かもしれない。特に変化途上にある場合には、自分が使った言葉を相手が違う意味に受け取るかもしれないということをわかっていないと、とんでもない誤解が生じる可能性がある。言葉づかいや意味を変えて用いるのは思春期~青年期の人たちに多い。この世代は、その上下の世代から孤立して横のつながりを奇妙なまでに重視するため、自分たちにしか通用しない言葉や仲間うちでしか意味のわからない言葉をあえて用いることがある。思春期の子どもをもつ保護者は、わが子がそのような言葉を使っているときに、「言葉づかいが間違っている」などと言って無理やり正そうとすると反発されるだけだ。でも他の世代には通用しない、あるいはわからないということを冷静に伝えておく必要はあるだろう。
 それにしても、「ふつうに」を「お世辞ぬきで」という意味で用いることに、時代への皮肉めいたものを感じるのは、僕だけだろうか? 近年の日本語が、いかに無意味な美辞麗句を施したお世辞に満ちあふれ、シンプルに心を込めて褒めることが難しくなっていたのかを、逆に思い知らされた気がする。
 (本田秀夫・信州大医学部子どものこころの発達医学教室教授)

「ドクター本田のにじいろ子育て」は第2、4水曜日に掲載します