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<115>一緒でも同じじゃない

2018年04月11日
みんな自分の色がある

みんな自分の色がある

 何かをするとき、親や友達など誰かと一緒にやりたがる子どもは多い。小さい子どもは、親から離れるのを怖がることが珍しくない。友達に興味を持ち始めると、1人で遊ぶより誰かと一緒に遊ぶ方が楽しく感じる。スポーツでも、チーム競技で勝つことの喜びは個人競技とはまた異なり、格別なものだという。「一緒の方がいい」という価値観は、比較的共有されやすい。
 しかし、常に誰かと一緒がよいというわけでもない。他の生徒と自分とで学習の到達度が異なるときなどは、一斉授業を受けるよりも、誰にも気をつかうことなく自分のペースでじっくり取り組みたい。何かをするときに、誰かと一緒にやるか1人でやるかは、その都度自分で選ぶべきことである。「一緒がいい」という価値観は、いつでも誰でもが持つべき義務ではない。時々、学校などの集団活動で、みんなと一緒に行動することが子どもの選択ではなく義務とみなされることがあるが、単なる同調圧力になっていることもあるので注意が必要だ。
 「一緒」という言葉には、「共に(together)」という意味と「同じ(same)」という意味がある。「一緒にやろう」と誰かを誘うときは「共に」の意味であり、「君の鉛筆、僕のと一緒だね」というときは「同じ」と言う意味だ。集団で何かをやるときの「一緒」のほとんどは「共に」の意味のはずなのだが、人によってはこれを「同じことをやる」という意味と混同することがある。例えば学校などで他の子と違う行動をとる生徒に対して「みんなと一緒にやること」を指導目標に掲げる先生がいる。でも、他の子と異なるペースがその子に適している場合には、同じことをさせない方がよい。
 「一緒」には、「並んで(along with)」という意味もある。同じ場にいても別々のことをしている子どもを見ると、大人たちは「一緒に遊びなさい」と言いたくなる。この場合、大人は同じことをさせたい。しかし子どもたちは、別々のことをしていても同じ場にいれば十分に「一緒に遊んでいる」と思っていることもある。それが楽しければ、それでもよいのだ。仲が良くても会話がほとんどない夫婦はたくさんいて、それでも「一緒に暮らしている」と言うではないか。
 子どもに人と同じことをさせようと強要するのではなく、誰かと一緒にいることを自ら選んで楽しめるようにするのが大人の役割だと思う。
 この連載が本になります。「ひとりひとりの個性を大事にする にじいろ子育て」(講談社)、17日発売です。
(本田秀夫・信州大医学部子どものこころの発達医学教室教授)

「ドクター本田のにじいろ子育て」は第2、4水曜日に掲載します