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<105>「虐待」肯定の余地なし

2017年11月08日

 11月は、児童虐待防止推進月間だ。
 児童虐待とは、保護者が子どもに対して行う心や体を傷つける行為や、健全な成長発達を損なう行為である。虐待を受けた子どもたちは、心の健康に深刻な影響を受ける。
 本来、子どもは安心と安全が保障されることによって、保護者との基本的信頼にもとづいた他者への思いやりと自分を大切にする心が育つ。ところが、保護者から虐待されると、家庭が不安、恐怖、緊張を強いられる場となる。保護者との間で基本的信頼が身につかないため、対人不信が強まる。自分の判断を否定されることや無視されることが多いため、心の自由が奪われ、自信が育たない。このため、大人になっても情緒が不安定となりやすい。
 暴力や恐怖は、人間関係に優劣や立場の強弱があると、支配と隷属の関係を形成しやすい。自由を奪われて抑圧された子どもが大人になって子どもができると、今度は自分が保護者として子どもを支配しようとし、虐待する側に回ってしまう。このような虐待の連鎖が生じやすいことが、児童虐待がなかなか減らない要因と考えられる。
 死につながりかねないような激しい暴力や、心がボロボロになるような激しい脅しを受けた子どもたちは、自分が虐待されたと認識し、保護者を反面教師として自分はわが子に同じことを繰り返したくないと思うことも多い。一方、虐待がそれほど激しくないときにむしろ連鎖が止まりにくいことがある。子ども自身が虐待されたことを認識しておらず、「自分が無力でダメな子だったのがいけない」と思い込まされる。大人になると「そんな自分がここまで成長できたのは、保護者の体罰や叱責のおかげだった」と信じ込んでしまう。自分が保護者になると、今度は子どもに対する支配欲が無意識のうちに形成され、子育てには体罰や叱責が必要不可欠だと主張するようになる。「厳しいしつけ」を肯定する心理は、このようなメカニズムで生じる。これは、洗脳の一種である。
 僕は、発達に障害のある子どもたちに幼児期初期から関わる仕事と、家庭や学校で体罰や厳しいしつけを受けた子どもたちの心の傷を診療する仕事の両方に関わっている。幼児期から関わって体罰や叱責を受けることを予防できた子どもは、情緒的にとても安定した大人になっていく。それは、障害の有無によらず、例外はない。一方、体罰や叱責の多い環境で育った子どもたちの情緒の問題は深刻であり、違いはあまりにも大きい。「厳しいしつけ」を肯定する余地は、全くない。
 (本田秀夫・信州大付属病院子どものこころ診療部 診療教授)

「ドクター本田のにじいろ子育て」は第2、4水曜日に掲載します