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<98>「みんな」で個性を発揮

2017年07月26日
みんなであそぼ!

みんなであそぼ!

 僕の娘は2歳の頃、指人形で遊ぶのが大好きだった。指人形は5体セットで、5本の指に対応して父親、母親、男の子、女の子、赤ちゃんの人形で構成されていた。娘はこの指人形を「みんな」と呼んでいた。「みんなと遊ぶ」というのは指人形5体がそろった状態で遊ぶということであり、他の人形や本物の人に対しては「みんな」と言わなかった。この時期、娘は「みんな」という言葉の意味を「指人形さん一家」のようなイメージでとらえていたようだ。
 本来「みんな」という言葉は、「その場にいる人全員」を指す。2~3歳のときの娘の言葉の使い方は、もちろん間違っている。ただ、「みんなと遊ぶ」という言い方は、たしかにある。一方、「みんなで遊ぶ」という言い方もある。「みんなと遊ぶ」と「みんなで遊ぶ」の違いは、自分を「みんな」の中に含めるかどうかの違いだ。
 「みんなも我慢しているのだから、あなたも我慢しなさい」と言う場合の「みんな」にも、発言者を含める場合と含めない場合の2通りある。クラスのある生徒が別の生徒に対して言う場合は前者であり、先生が生徒に対して発言するときは、通常は後者である。学校は小さな社会に見立てられることがあるが、その構成メンバーは生徒たちに限定されており、先生は社会の外側から生徒たちを指導する役割であると暗黙のうちにみなされている。これは、重要な問題を含んでいると思う。
 指導的な立場の人が「みんな我慢しよう」と呼びかけておいて、その「みんな」に自身は入っていない、そしてそのことを構成メンバーが疑問視せず、メンバー同士ではけん制し合って「出る杭を打つ」ような状況を自らつくる。これは、独裁政治の基本形である。「みんなも我慢しているのだから、あなたも我慢しなさい」と先生が発言し、生徒たちが互いにそう言い合って我慢し合う習慣のある学校は、独裁制国家における国民のふるまい方を日常的に体験させ、しつけていると言える。
 「みんなも○○しているのだから、あなたも」という考え方がいけないのではない。例えば、「この学校ではみんなも自分の個性を磨いているのだから、あなたもどんどん個性を磨いてください」という発言があったっていい。そして、その場合の「みんな」には、発言者自身が含まれていてほしい。先生が、自分のカラーを出しながら、生徒たちの個性を尊重した授業を実践すれば、それが「みんなで個性を発揮すること」の何よりもよいお手本になるだろう。
 (本田秀夫・信州大付属病院子どものこころ診療部 診療教授)

「ドクター本田のにじいろ子育て」は第2、4水曜日に掲載します