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<94>結果を目的にしない

2017年05月24日
願いは胸に、見守って

願いは胸に、見守って

 人の行動には必ず目的と結果がある。「結果を出せ」という人がときどきいるが、結果はあくまで結果であって、目的ではない。良い結果を出すことを目的にし過ぎると、別の弊害が生じ、かえってうまくいかないことがある。
 「金の斧」という話がある。斧を川に落としてしまった男が途方にくれていると、川から神が現れた。神は男に金の斧と銀の斧を見せ、「これはお前の斧か?」と尋ねたが、男は「どちらも私の斧ではありません」と答えた。次に神が使い古した斧を見せると男は「それが私の斧です」と言った。男の正直さに感心した神は、男に斧を返しただけでなく、金の斧と銀の斧も与えた。その話を聞いた友人の男が同じ川にわざと自分の斧を落とし、神が現れて金の斧を見せると「それが私の斧です」と言った。すると神は、「このうそつき者!」と怒って川に潜ってしまい、友人の男は自分の斧もなくなってしまった、という話である。
 この寓話の教訓は、「無欲な正直者は得をするが、強欲で不誠実な者は結局損をする」ということだ。わが国の「花咲じいさん」なども、これと似た話である。目的と結果の話でいうと、目的が人助けなどの善意である場合、その行動は感謝され、結果として思わぬうれしいことがあったりする。一方、利益だけを目的として、すべての行動を自分の利益に直結させようとしていると、結果として利益が得られないだけでなく、後で痛い目にあう。
 子育てでも、子どもが無心でやることは案外うまくいくが、成功させたいと願う親が強引にやらせるとかえって失敗したりする。サッカーが好きな子どもは暇さえあれば夢中でサッカーをやり、結果としてサッカーが上手になる。プロのサッカー選手になる人もいる。でも、サッカーが好きでもないのに「わが子をサッカー選手にしたい」と願う親に無理やりサッカーを習わされても、サッカー嫌いになるだけだ。
 勉強も同様だ。勉強が楽しくて、結果として学力が身についたという子どもは、自分の学力に自信を持ち、大人になってからも長く学び続けることができる。一方、成績を上げることだけを目的として好きでもない勉強を無理して頑張らされた場合、一時的に成績が上がったとしても、それほど自信にはならない。社会に出た後は学習意欲に乏しく、常に受動的で自信のない性格になってしまう。
 「子どもがこうなってほしい」という気持ちは、親ならば誰でも持つものだ。でも、それを目的にし過ぎないよう気をつけたい。
(本田秀夫・信州大付属病院子どものこころ診療部 診療教授)

「ドクター本田のにじいろ子育て」は第2、4水曜日に掲載します