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<89>ちゃんと言い訳しよう

2017年03月08日
言うべきことは遠慮せず…

言うべきことは遠慮せず…

 都合の悪いことや過失などを取り繕うための説明を「言い訳」という。「言い訳するな」と言うことはあっても、「ちゃんと言い訳しろ」と言うことは、めったにない。多くの人は、言い訳をよくないこと、恥ずかしいことだと考えている。
 でも、言い訳は本当によくないことなのだろうか? 大人の世界は不祥事だらけだ。テレビでは、誰かが言い訳らしき説明をしている場面が、連日のように映し出されている。問題を追及された政治家などの答弁を聞いていると、言い訳が上手な人ほど出世できるのではないかとすら思える。
 他者から自分の非を問われても、それが誤解であれば、きちんと説明して訂正する必要がある。たとえば遅刻したとき、電車の遅延などの理由があれば、自分の過失ではないことを主張しておくべきだ。でも、同じ路線の人たちは間に合っているのに、ひとりだけ遅刻して、それを電車のせいにすると、言い訳とみなされる。言い訳とふつうの説明との違いは、自分の非を取り繕っているかどうかだ。しかし、本当に自分に非があるかどうかを判断するのは、案外難しいことも多い。
 何事にもトラブルはつきものだ。問題が起こったとき、すぐに自分の非を認めると、説明の機会が保障されず、自分が一方的に不利になってしまう。本当に自分に非のある部分に対しては反省し、謝る必要があるが、自分の責任とはいえないものまで背負い込んで重く受け止めてばかりいると、心が参ってしまう。まずは「自分だけに非があるのではない」と仮定することは、心の健康を守るための人間の防衛本能である。批判を恐れずに自分の正当性を説明する力を身につけることは、社会人として不可欠だ。
 子どもがけんかしたときや物を壊したときなど、大人は子どもたちに有無を言わせずすぐ謝らせようとすることが多い。子どもが謝らずに自分に非がないと主張しようとすると「言い訳するな」と言って黙らせてしまう。でも、将来大人になったとき、不必要な責任まで負わされることを防ぐためには、子どものときから説明や自己主張する習慣をもっておくことが必要かもしれない。たとえ言い訳であってもいったんは説明を試みさせた後で、いろいろな視点から事態を整理して、子どもが非を認めるべき部分とそうでない部分を整理するのだ。もちろん、大人が日ごろから不当な批判には説得力のある説明をし、認めるべき非は潔く認めるという手本を示すことが最も重要であるのは、言うまでもない。
(本田秀夫・信州大付属病院子どものこころ診療部 診療教授)

「ドクター本田のにじいろ子育て」は第2、4水曜日に掲載します