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<87>親への感謝 強要は禁物

2017年02月08日
無理強いはダメ

無理強いはダメ

 人は何か目標や目的を持ち、そのために何かをする。金を稼ぐことを目的に、働く。誰かと結婚したいと思えば、その人に好意を持ってもらえるよう努力する。結果として目標が達成できることもあれば、残念ながらうまくいかないこともある。
 目標とそれを達成するための手段との関係は、直接的なものもあれば間接的なものもある。身体に筋肉をつけるために筋トレをするように、直接的で何ら問題ないことも多い。一方、直接的な手段が必ずしもよいとはいえないものや、むしろ逆効果となるものもある。その代表が、人の心を動かすことだ。例えば、誰かに自分を好きになってもらいたいと思ったときに、一直線に相手のところに行って「私を好きになってほしい」と強く求めると、かえって嫌がられる。相手が自分の方を向いてくれるまで説得しようとつきまとうと、ストーカー行為になってしまう。
 人には、それぞれの意志、興味、志向性がある。自分と異なる他者の気持ちを強引に変えて自分と同じにすることはできない。できることは、相手がそのことに気づいたときに興味を持ち、好きになり、やってみようと思う可能性が高まるよう、環境を整えることまでだ。トマトを食べたがらない子どもには、「食べてみようかな」という気持ちになる可能性のある調理法の工夫はやってみる価値はあるが、だからといって食べて「おいしい」と思う保証はない。誰かを好きになったり尊敬したりする気持ちも同じだ。相手に「自分を好きになりなさい」「尊敬しなさい」と迫るよりも、自分自身が相手から好意や敬意を抱かれるような人物となる努力の方が重要だ。そして、いくらそれを頑張っても相手から好意や敬意を抱いてもらえるとは限らないことも、わかっておくべきだ。
 近年、「親に感謝しよう」「親を尊敬しよう」ということを明言化して子どもたちに教える人たちをときどき見かける。親の側が子どもからみて感謝や尊敬に値する人かどうかは一切触れずにただ感謝や尊敬を強要するのは、おかしい。感謝や尊敬は、何かの結果として子どもの内面に生じるものであって、そう思うよう強要するものではない。それは、つきつめれば、相手に自分を好きになることを迫るストーカー行為と同じだ。親への感謝や尊敬を教えようとしている人たちには、ストーカーと似た心の闇がある。親たちがすべきことは、結果として子どもたちが感謝や敬意を払えるような人間性を、自らが身につけるよう努力することだろう。
(本田秀夫・信州大付属病院子どものこころ診療部 診療教授)


「ドクター本田のにじいろ子育て」は第2、4水曜日に掲載します