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サンセット<1>

2016年9月16日

 高齢化の現実を扱った作品で第22回やまなし文学賞を受賞した池田茂光さんは今、「老老介護」の生活を送っている。きょうから連載する「サンセット~Sun Set~」は、身延町で妻と義母と暮らす実話をもとにした小説。日常に伴走しながら、さまざまな出来事をすくい上げ、リアルタイムに現実を描く。池田さんは「老老介護は深刻な問題。しかし、日々泣き笑いがあり、一筋ながらも光はある」という。

「昨夜は3回も起こされて辛かったなあ」
「3回じゃないよ、4回だよ。4時頃私が起きたときあんたは目が覚めなかったからね」
「そうか悪かったなあ。気付かなんだなあ。起こしてくれればよかったじゃん」
「いいよ、お互い疲れてるから」
 朝7時に俺たち夫婦の会話。目覚まし代わりに濃いお茶を飲みながら、
「大便は出たか」
「まだ出てないね。昨日も出なかったし、これで3日めだ。便秘だよ。夕方まで出なかったら浣腸だね」
「あーあ、かったりいなあ。一度ゆっくり眠りてえなあ」
 言いながら、あれ、こんな会話に覚えがあるなあ、と、ふっと思い出した。
「なあ、昔の事をな、42年前の事を思い出さんか」
「42年前って何よ。え…ん…ああ、思い出した。そうそう、この会話、あの頃と同じ会話だ。ハハハおかしなもんだね」
「そうずら、亮太が生まれたときだ。赤ん坊だ。赤ん坊の子育てとまるっきり同じずら」
「そうだそうだ、ハハハ、亮太が生まれて、毎晩夜泣きされて、オッパイだ、ウンチだ、オシッコだって大騒ぎしてた。全く同じだね…でも今は91歳の余命が知れた婆ちゃんで、あの頃は私が生んだ可愛い子だ。私たちもあたり前だけど若かったしねえ」
「ああ、同じ苦労でもまるっきり違うだなあ」
「そうそう、お金は無かったし、1DKのアパートで狭かったけんね。何だか毎日大騒ぎしながら…でも家の中は明るかったし楽しかった」
「そうだな。未来があったし、希望があったからずら。さあこれからだ、ってな」
「あの頃に比べれば、あたり前だけど私たちも年を取ったし、婆ちゃんも年を取ったからねえ。私たちは66と68、婆ちゃんは91だよ。あーあ、嫌になるほど年取ったねえ。あの頃はいずれ年取るってことさえ考えもしなかった」
 俺が27、妻の裕美が25で結婚した。甲府の北口に近い木造アパートで結婚生活をスタートさせた。俺が48歳のとき田富に家を買った。10年ほど前に妻の父親が肺癌になり、半年で亡くなった。今年の2月に今度は一人で暮らしていた母親が脳梗塞で倒れた。3カ月の入院で意識は回復したが右足と右腕の麻痺はそのまま残った。半身不随のまま退院したが、俺たちの家に来ることを拒み、
「自分の家へ帰るだ。絶対帰るだ」
 脳梗塞の影響でろれつの回らない口で言い張って聴かなかった。確かに宮城県出身の義父と義母が、地質調査会社の転勤で下部温泉に近い山里へ越して来て62年。住み慣れた町を離れたくない気持ちはよく分かる。
「田富じゃあ遠くて友達も来てくれんずら」
 認知症も2年ほど前から始まって、今度の脳梗塞でさらに症状は進んだ。症状には波があり、調子のよい日には何とか会話も成り立つ。その日は調子も良く不自由な声で訴えた。皺深い目尻に涙が溢れていた。
=金曜日に掲載します

 いけだ・しげみつさん 1948年下部町(現身延町)生まれ。市川高-駒沢大卒。「山を祭る人々」で第22回やまなし文学賞小説部門受賞。同町常葉に妻と義母の3人暮らし。68歳。