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<76>教育にも階級の設定を

2016年08月24日
無差別級の戦い!?

無差別級の戦い!?

 リオデジャネイロ・オリンピックの興奮が冷めやらぬという方も多いと思う。今回のオリンピックでは日本の柔道選手たちが大活躍し、柔道発祥の国の面目躍如であった。
 柔道を含め格闘技では、体重別の階級が設定されている。体重は勝負に大きく影響するため、条件をそろえて戦うのが公平だと考えられているのだ。一方、相撲には階級がない。もともとは柔道もそうだった。元来わが国には、「柔よく剛を制す」などと言って体格をハンディとみなさない文化がある。確かに相撲でもときどき小兵力士が活躍するが、実際はごく一部の例外にすぎない。小兵力士はけがも多い。体重の軽い人にとって、相撲は不利と言えるだろう。無差別級のみで行われる全日本柔道選手権大会でも、軽量級の選手はなかなか勝ち上がれない。やはり、多くの人が公平に参加できるためには、階級別にするのが妥当だろう。
 ところで、相撲や無差別級の柔道のようなことが、わが国では子どもたちに長年行われている。義務教育だ。体格と同様に、学力にも幅広い個人差がある。大ざっぱな計算だが、学力と比較的相関しやすい知能の分布でみると、10歳の子どものうち、知能が8歳から12歳の間のレベルにいる子どもが約8割、12歳を超えるレベルの子どもと8歳未満のレベルの子どもがそれぞれ1割ずついる。数学年にまたがる多様な学力の子どもたちが一斉に同じ授業を受けているのは、毎日無差別級で格闘技の試合をさせられているようなものだ。少なくとも2割の子どもたちにとって、授業のペースは学力に見合っていない。小兵力士がけがをしやすいように、勉強の苦手な子どもは心に傷を負ってしまう。頑張っているのに授業がわからず、教師や保護者からは「努力が足りない」と言われ、自信と意欲を失ってしまった子どもたちを、われわれ児童精神科医はたくさん知っている。
 全員に同じカリキュラムを課すという考え方は、体格でハンディをつけないというわが国の格闘技の文化と共通するのかもしれない。しかし、これは学力の多様性を無視した時代錯誤的な方法であり、子どものメンタルヘルスを損ねる。格闘技に階級を設けるのと同様に、教育も個々の学力に応じたペースで行うのが公平というものだろう。「特別支援教育」の制度もあるが、それだけでは不十分である。文部科学省には、学習指導要領を根本から見直し、個々の学力に応じて内容とペースを柔軟にアレンジできるようなカリキュラムを導入してもらいたい。
(本田秀夫・信州大付属病院子どものこころ診療部 診療教授)

「ドクター本田のにじいろ子育て」は第2、4水曜日に掲載します