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<67>価値ある伝統自ら継承

2016年04月13日
大事な景色

大事な景色

 前回、体験の伝承には共感が大切だという話をした。何かの体験を伝えたければ、相手が共感できるよう工夫する必要がある。子どもの物の考え方、感じ方は実に多様だ。同じ伝え方をしても、それをわが事のように共感する子どももいれば、全く何も感じない子どももいる。感じないのに同じやり方で何度繰り返しても、子どもは耳をふさいでしまう。
 「伝統の継承」も同様だ。国、地域、民族、職業など、さまざまな領域で、伝統が生じ、継承される。何かが伝統となるにはそれなりの理由があり、継承者たちは次の世代に伝えるだけの価値を感じている。でも、すたれつつある地域の伝統行事や、後継者不足に悩む伝統芸能なども多い。たとえ伝統とはいえ、若い人たちにとって必要でないもの、魅力のないものは、引き継がれない。時代とともに新しい文化や仕事が出てくるのだから、伝統をすべて継承し、かつ新しいものも取り入れるというわけにはいかない。
 一方、われわれは「伝統」の発生を目の当たりにすることもある。その一例が「恵方巻」だ。これは大阪発祥の節分の行事だと言われている。しかし、僕は高校を卒業するまで大阪に住んでいたが、少なくとも昭和50年代の大阪で、節分に恵方巻を食べる人は、僕の周囲にはいなかった。これがまるで日本全体の伝統行事のようになりつつあるのは、コンビニなどの業界の商戦がヒットしたためと思われる。20代以下の若い人たちの中には、恵方巻を食べることがわが国古来の節分の「伝統行事」だと思っている人も出てきているようだ。節分に恵方巻を食べる人が年々増えているそうだから、これが本当にわが国の伝統行事となり、大事に次の代に伝えようと思う人たちが出てくる可能性は、十分にある。
 自分にとって大事だと思ったら、それを伝統として次の世代に伝えたいと思う。そう思うのは、その人の自由。でも、何もそこまでして大切に伝承しようとは思わない人がいても構わない。大事に思う人がたくさん、世代を超えて続けば、それは伝統として生き延びる。支持する人が少なければ、伝統にはならない。それが伝統になるかどうかは、伝える側ではなく、伝えられる側の論理で決まる。
 本当に価値のある伝統として引き継がれるものは、子どもたちが自ら継承しようとするものだけなのかもしれない。「とにかく伝統なんだから、子どもたちはそれを継承する義務がある」という考え方が見え隠れするようでは、その伝統の未来は暗い。
 (本田秀夫・信州大付属病院子どものこころ診療部 診療教授)

「ドクター本田のにじいろ子育て」は第2、4水曜日に掲載します