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<63>親子でも志向はそれぞれ

2016年02月10日
No music,No life

No music,No life

 僕が中高生だった1970年代、若者の音楽の志向は洋楽中心だった。髪を伸ばした若者たちを見て大人は眉をしかめ、部屋でロックを大音量でかけていると親から文句を言われたものだ。一方、親たちが居間で歌謡曲やクラシックを聴いていると、中高生の子どもたちはスッと席を立って自分の部屋に行き、自室で洋楽をかけていた。
 僕も妻もご多分に漏れず洋楽好きだった。妻が妊娠したときは、子どもが洋楽好きに育てば家族でバンドができるかもしれないなどと期待し、「胎教」と称して自分の好きな音楽をかけていた。娘が生まれてからも、家族で車で外出するときは、BGMは洋楽と決まっていた。3歳頃までは、娘もノリノリで聴いていた。とくにアレサ・フランクリンの「チェイン・オブ・フールズ」という曲とアース・ウインド&ファイアーの「ブギー・ワンダーランド」という曲が大好きで、それをかけてくれとせがまれ、かけると後部座席で機嫌よく歌いながら体を揺すっていたものだ。
 ところが、3歳からピアノを習うようになると、なぜか娘の音楽的志向はクラシックへと向いていった。中学に入学して部活をどこにするかという話になったとき、両親は「軽音楽部はどう?」と熱心に勧めてみたが、娘は「私はああいううるさいのはちょっと…」と全く関心がない。結局、あろうことかオーケストラでフルートを吹くようになった娘は、ますますクラシック志向が強まり、それと反比例するかのように洋楽には見向きもしなくなった。というよりは、親の聴く音楽に関心を寄せなくなったと言った方がよいのかもしれない。自宅で親が大音量で洋楽をかけていると、娘は眉をひそめながらスッと席を立ち、自室で静かにクラシックを聴くようになった。なんだか70年代の親子関係と逆な感じだ。
 こうして、胎教は意外に効果がないことを僕は身をもって学んだ。結局、人の好みはさまざまだし、たとえ親子といえども志向性がずれることは珍しくない。親が好きなものを子どもも好きになることが、ないわけではない。実際、僕の知り合いにも親子でバンドをやっている人はいる。でもそれは、たまたま親子で趣味が一致しただけのことだ。親は、自分が大事にしているものを子どもに伝えようとするが、それを子どもも大事にするかどうかなんて、わからない。そういうことを十分に承知したうえで、伝えたいメッセージがあれば子どもに伝えるというのが、大人の役割なのだと思う。
 (本田秀夫・信州大付属病院子どものこころ診療部 診療教授)
 =第2、4水曜日に掲載します