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<55>判断するときは公正に

2015年10月14日
一人一人見て

一人一人見て

 中学生のAさんが、浮かない顔でやってきた。学校で嫌なことがあったという。
 理科室での授業の際、日直のAさんが教室から運ぶはずの物を、日直ではないBさんが無断で運んでしまった。それを知らないAさんは、教室の中を探していて理科室に行くのが遅れた。「日直ではない人が無断で日直の仕事をすると困る」と、後でAさんが担任に訴えたところ、「Bさんは気を利かせてやったこと。Aさんこそ、自分の失敗を棚に上げて人を責めてはいけない」と注意されたそうだ。「自分は日直の仕事をふつうにやろうとしただけなのに、注意されるのはおかしい。『失敗』とまで言われては、納得できない」とAさんは悔しそうだ。
 担任が当初、Aさんの遅刻だけを問題視したのは、しかたない。しかし、Aさんの訴えには一理ある。Bさんが日直の仕事をやったことを知らなかったAさんには、教室を探していて遅刻するという以外に選択肢がなかった。担任は、「他にも対処法があったはず」と言うかもしれない。必要な物が教室にないことを担任に連絡するとか、誰かが日直の仕事をやった可能性を考えて、理科室に確かめに行くとか。でも、咄嗟にそこまで考えるのは難しい。
 実は、Aさんが嫌な気持ちになったのには、別の理由がある。もし日直がBさんで、無断で日直の仕事をしたのがAさんだったとしても、担任は同じ態度をとっただろうか? Aさんによれば、Bさんはクラスの人気者で、勉強もスポーツもできるので先生たちからの覚えもよいそうだ。もし逆の立場でBさんが担任に訴え出たら、Aさんが担任から「余計なことを無断でするな」と叱られるのではないか、というのだ。
 もし立場が逆でも同じ判断をするのであれば、それも一つの考え方であり、一貫性はある。でも、判断が変わるのであれば、それは「えこひいき」だ。Aさんは、日頃の様子から担任にえこひいきの雰囲気を感じている。問題の本質はそこなのだ。判断が微妙な状況で大人たちがとる行動の中に、無意識の本音がついにじみ出てしまう。先生も人間だから、特定の子どもに好意を持つことはあるだろう。でも、何か判断をするときには公正であるよう努めてほしい。子どもたちは敏感だ。
 11月5日(木)午後2時から、甲府・県立文学館講堂で「個性を生かした子育て」というテーマの講演を行います。詳細は、県立こころの発達総合支援センターのウェブサイト内、「平成27年度子どもの心の総合支援研修のご案内」をご参照ください。(本田秀夫・信州大付属病院子どものこころ診療部 診療教授)
 =第2、4水曜日に掲載します