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母娘で出かける歓び 待っていた「その日」

2015年6月25日
娘と一緒に「ひきこもり大学」に参加したサユリ。「変わったのは私だと思う」=甲府・県立図書館

娘と一緒に「ひきこもり大学」に参加したサユリ。「変わったのは私だと思う」=甲府・県立図書館

 19日に甲府・県立図書館で開かれた「ひきこもり大学in山梨」には100人を超す人が集い、ひきこもり経験のある男性の話に聞き入った。共感、驚き、納得-。さまざまな感情が入り交じる会場の隅に、ある親子の姿があった。連載第2部「苦悩する親たち」で登場したサユリ(58)=仮名、郡内地域=と、約2年間ひきこもっていた娘(33)だ。「1年前はひきこもりでした」と語る男性の姿を2人は特別な思いで見つめた。

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 「どうする? 行く?」。サユリがたずねると、娘は「行こうかな」と答え、車に乗った。また一緒に出掛ける日が来るなんて、思わなかった。行き先は県立図書館。サユリにとって思い出深い場所だ。
 昨年9月、図書館で発足したひきこもりの子をもつ親の集い「山梨県桃の会」の会合で、サユリの声が響いた。「ひきこもっているだけで、世間は犯罪者予備軍みたいに見る」。涙が、頬をつたった。
 周囲の偏見と、先が見えない不安から胸がつぶれそうだった日々。「誰にも頼れない、頼らない」。そう思っていたのに、足は親の会の会場に向いた。ほかの親と話をするうちに、全身を覆っていた“鎧”が軽くなっていく感じがした。
 孤独や焦りが和らぐと、心に少し余裕が生まれた。気持ちの変化は日々の行動につながり、冷蔵庫の扉を閉める音や、洗濯かごを床に置く音も、前より優しくなった。
 そんな母親の変化が、ドア1枚隔てた部屋の中に届いたかは分からない。だが、娘にも変化が訪れた。4月初めのある晩、テレビを見ていると、部屋の扉が突然開いた。「お母さん、ちょっといい?」
 夢を見ているのか。出勤の支度をしたまま、ある朝部屋から出て来なくなり、会話もままならなかった娘の声に、耳を疑った。驚きを隠しながら話に付き合う日が続いた。
 娘は、ひきこもりに至るまでのことをいろいろと話してくれた。だが、ひきこもっていた間のことはよく覚えていないようだ。いつしか「こんなことをしていても前に進まない。外に出てみよう」と考えるようになったという。
 なぜ、どうしてと親は問い、どうすればと考える。答えが見つからず、もがき続ける。ただ待つのはつらい。サユリはつながりを求め、親の会へ足を運んだ。「これさえすれば」という特効薬はどこにもなかったが、娘が部屋から出てきたとき、夫がふと口にした。「おまえが頑張って通ったから、良かったんだよ」

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 「ひきこもり」の子と一緒に外出する。会話をし、食卓を囲む。“その日”を待ち続ける家族がどれほどいるだろう。「自分のところだけ良ければいいわけじゃない。悩んでいる人が、まだたくさんいると思う」とサユリは語る。
 親の会で胸の内を吐露した日。隣の女性が「大丈夫よ」と震える背中をさすってくれた。優しさに触れたとき、まだ人とつながることをあきらめていなかった自分に気付いた。あの日があったから、長く、暗いトンネルの中を歩くことができた。
 ひきこもりの状態から、再び社会とつながり始めた人がいる。自分の「居場所」を探し続けている人もいる。生きづらさを感じ、誰もがひきこもりになり得る現代。当事者一人一人に寄り添う気持ちが、閉ざされた「扉」を開ける鍵になる。=14面に「11人のいま」、15面に「グラフィックで見るひきこもり」

 昨年8月にスタートした連載企画「扉の向こうへ 山梨発 ひきこもりを考える」は、今回のエピローグをもって一区切りとします。この1年間で、ひきこもりについて考え、当事者を支援する動きが県内でも広がりつつあります。ひきこもりに関する取材は今後も続け、随時掲載していきます。(「扉の向こうへ」取材班=前島文彦、古守彩、清水悠希、木下澄香、戸松優、広瀬徹)

 この企画へのご意見や感想をお寄せください。記事で紹介させていただくことがあります。郵便番号400-8515、甲府市北口2の6の10、山梨日日新聞社編集局「扉の向こうへ」取材班(ファクス055・231・3161、電子メール kikaku@sannichi.co.jp)。