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<1>経験を価値に変える

2015年6月8日
県内で5月に開かれた「ひきこもり大学」。リュウは「出会い」への期待を胸に、会場へ向かった=甲府・県立愛宕山少年自然の家

県内で5月に開かれた「ひきこもり大学」。リュウは「出会い」への期待を胸に、会場へ向かった=甲府・県立愛宕山少年自然の家

 「他人からは無駄に見える時間も、決して無駄ではない。あの時間があって、いま、将来が見通せるようになったんです」
 ひきこもりの経験があるリュウ(25)=峡中地域、仮名=は、その言葉を支えにして生きてきた。与えてくれたのは「ひきこもり大学」。耳慣れないその“学校”の存在を知ったのは、昨年夏のことだった。
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 「ひきこもり大学とは…」。昨年8月16日、甲府・県立図書館で行われた、ひきこもりに関する講演会に参加していたとき、聞こえてきた言葉に体が反応した。急いで手帳にメモする。
 〈ひきこもり大学/当事者が先生になる/授業料は参加者が払う/空白の履歴を価値に変える〉
 すぐには理解できなかった。ひきこもりの経験は隠したい。どうして人前で大っぴらにできるのか。なぜ、ひきこもっていた間の「空白の履歴」がプラスに変わるのか。興味がわき、5日後に東京で開かれるという「ひきこもり大学」に行ってみることにした。
 会場のカフェはぎゅうぎゅう詰めで、エアコンが効かないくらい熱気に満ちていた。当事者だけではなく、親や一般の人の姿もあった。講師役の男性は寺山修司が好きで、著作「書を捨てよ、町へ出よう」になぞらえて「家を捨てよ、島へ出よう」というテーマで話をすると聞いた。自分とは違う特別な人が話をするんじゃないかと、不安を覚えながら席に着いた。
 リュウがひきこもり始めたのは3年前。大学を中退して実家に帰ると、出ていく先がなくなった。近所の人にはどんな目で見られているのだろう。母親にも申し訳なくて、まともに話せなかった。携帯電話に登録した友人の連絡先は、すべて消去した。
 ほとんど人と会わない日が1年半ほど続いた。このまま忘れられていくのだろうか。寂しくなって、誰かと話をしたくなった。インターネットで連絡を取り、当事者だけが集まる「居場所」へ。たわいない話をするだけだったが、誰もが同じ不安や悩みを抱えていることを知り、ほっとした。そんな暮らしの中で、「ひきこもり大学」に出合った。
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 講義が始まった。先生役が登場すると、胸にあった不安はすぐに消え去った。おっとりとした雰囲気の男性。中学3年から不登校で、大学卒業後は内定を辞退して、ひきこもったという。
 男性は、当事者らが集う場での出会いから小豆島へ移住することを決めたと話した。「ひきこもっていたからこそ巡り会いがあった。この出会いを大切に、思い切って環境を変える。ひきこもり歴が役立つこともあるという思いも込めて」
 とつとつと過去を語る男性。「他人からは無駄に見える時間も、決して無駄ではない」。冒頭の言葉は、ここで聞いたものだ。心が震え、いつか自分もあの人と「同じ場所」に行きたいと思った。体が高揚感に満たされた。
 あれから1年。最近、またひきこもりがちになっていた。5月5日、この日甲府市で「ひきこもり大学」が開講されることを知った。いても立ってもいられない。もう一度、あの感情を味わいたいという思いに突き動かされた。スマートフォンをズボンのポケットにねじ込み、車に乗り込む。はやる気持ちを抑えながら渋滞を抜け、会場の県立愛宕山少年自然の家に着いた。ここに、どんな「出会い」が待っているだろう。胸が高鳴る。深呼吸を一つして、ゆっくりと扉を開けた。

 ひきこもっていた人が「先生」となり、その経験や知識を、他の当事者や親、支援者、関心のある一般の人に語る「ひきこもり大学」。過去に悩み苦しんだ人が、いま悩み苦しんでいる人を支える。社会から撤退した当事者の「空白の履歴」が、一転して価値を帯びる場だ。第9部は、「ひきこもり大学」の可能性を探る。〈「扉の向こうへ」取材班〉