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<41>感じ方の個人差に留意

2015年03月11日
騒音?清音?

騒音?清音?

 先日、インターネットである写真が話題になった。やや逆光気味に撮られたドレスなのだが、その色が「青と黒」に見える人と「白と金」に見える人に意見が二分されて議論が盛り上がった。結局、実際には青と黒であることがドレスの販売元から明らかにされたが、いまだに僕には白と金にしか見えない。
 人の感覚は一様でない。今回のドレスのように異なる感じ方のどちらもが一定数いると、そのことがはっきりする。しかし、ごく一部の人にしかない特殊な感覚は、その感覚の持ち主以外の人たちから理解を得ることが難しい。
 例えば、発泡スチロールを擦る音は、多くの人にとって鳥肌の立つ嫌な音だ。一部にはこの音を何とも思わない人がいるが、その人が「しばらく我慢して聞いていれば慣れるよ」と助言しても、多くの人はとても我慢して聞く気にはならない。
 一方、水玉模様を見ると強烈な吐き気を催す人がまれにいる。その人にとって水玉模様の服をじっと見ることは耐え難い苦痛だが、ほとんどの人は「しばらく見ていれば慣れるよ」などと無神経な発言をしてしまう。
 特殊な感覚の持ち主は、子どもの頃から苦労する。大きな声が苦手なAくんは、学校で毎年行われる合唱コンクールがとてもつらい。本番だけでなく練習もつらいので、合唱の練習が始まると学校に行くこと自体がつらくなる。低学年の頃はなんとか頑張っていたが、小学校5年生のとき、ついに「合唱コンクールがつらい」と母親に打ち明けた。母親と一緒に担任に相談して、合唱コンクールの練習と本番を休ませてもらいたいと頼んだところ、担任からこう言われた。「これまで何年も参加できたのに、今更参加しないというのは、甘えです」と。
 「今までできていたのだから今後もできるはず」という理屈はおかしい。物事には、我慢し続ければ平気になるものと、短期間は我慢できても限界に達するとそれ以上は無理なものがある。例えば、「熱いお湯に10秒間入っていられたのだから、あと10秒は大丈夫」と言えるだろうか? あるいは、「100メートルを全力疾走できたのだから、200メートルも同じスピードで走れるはず」と言えるだろうか? Aくんは、何年か頑張り続けて我慢の限界を超えてしまった。それを甘えと決めつけるのは、ひどすぎる。
 子どもは、「自分の感じ方が他人と違う」ということにまだ気づいていない。だからこそ、大人は「自分が平気だからみんな平気なはず」と安易に決めつけず、感じ方の個人差に留意したいものだ。
 (本田秀夫・信州大付属病院子どものこころ診療部 診療教授)=第2、4水曜日に掲載します