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<1>石川・経験者にシェアハウス
農作業で自信、心も耕す

2015年2月3日
シェアハウスで林昌則さん(左から2番目)一家と食卓を囲み、一日の出来事を語り合うひきこもり経験者=石川県加賀市

シェアハウスで林昌則さん(左から2番目)一家と食卓を囲み、一日の出来事を語り合うひきこもり経験者=石川県加賀市

 午後7時。2階の自室から1人、また1人と降りてきて、いつもの席に着く。座卓には今日の当番が作った鍋。「実は、おれもうまいんですよ。料理」。一番年下の川浪拓磨さん(24)がおどける。「じゃあ明日から作ってよ。得意なメニューは?」と先輩から聞かれ、すかさず「白いご飯」と返すと、8畳間に笑い声が広がった。
 石川県加賀市の温泉街にほど近い住宅街の一軒家。複数の住人が共同生活を送る「シェアハウス」がある。現在は20代と30代の男性3人が住む。食事の準備、掃除、ゴミ出しは当番制。夜は食卓を囲み、その日の出来事を語り合う。雰囲気は、都市部で若者の支持を集めている一般的なシェアハウスと同じ。異なるのは、入居条件が「ひきこもり経験者」という点だ。

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 大久保卓さん(27)がシェアハウスに暮らし始めて5年。自宅にひきこもっていた時は食事も洗濯も母親任せだった。「ここはすべて分担制。同居人に迷惑にならないよう、気も使う」と苦笑する。
 専門学校を卒業後、希望した造園業の会社に入ったが、1年目で解雇された。持病があり、リスクのある人物とみられたのか。別の会社に勤めたものの、同じ目に遭うかもしれないと恐れ、自信を失っていった。不安がつきまとい、今度は自ら辞め、ひきこもった。「自分はだめな人間だ」。そう思い込み、自ら命を絶つ方法を考え続けた。
 「一緒に暮らしてみないか」。そんなとき、声を掛けてきたのが母親の知人で、シェアハウスを運営する林昌則さん(51)だった。一般社団法人「百笑の郷」の代表で、過疎が進む山村に若者を招き、農作業などを通して地域おこしに取り組んでいる。
 林さんは元空手講師。約30年前から、道場に通う子の親たちから相談を受けてきた。当初は校内暴力が多かったが、10年ほど前から「ひきこもり」が増えた。「昔は体当たりで良かった。ひきこもりは、どう対処していいか分からない」。悩みながら訪れた北海道で、人付き合いの苦手な若者が農業体験を通して地域に交わっていく姿に強い刺激を受けた。
 さっそく、ひきこもりの若者を自宅に受け入れ、「百笑の郷」が取り組む農作業に促した。一家5人に次々と「家族」が加わっていき、いつしかシェアハウスの形に。6年前、事業の一環として空き家2軒を改修し、ひきこもり経験者専用のシェアハウスを開いた。

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 入居者は放棄地を耕し、米や野菜を育てるのが日課だ。地域のお年寄りの買い物代行なども手掛け、社会復帰を目指す。「与えられた役割を果たし、他人と生活する時間が『自分にもできるんだ』という自信につながっていく」。林さんが意義を語る。
 これまで10人が就職や就学を果たし、巣立った。大久保さんも昨年3月から大工の仕事をしている。「ここを出てちゃんと働きたい。そして自分のような境遇の人の支えになりたい」。前向きな言葉は、失った自信を少しずつ取り戻している証しだ。
 シェアハウスには全国から問い合わせや視察が相次ぐ。それだけ多くの人が悩み苦しんでいる現実が見える。林さんは言う。「この取り組みが各地に広がれば、ひきこもりに苦しむ人たちの助けになる。1人でも多くの若者が、外に出られるきっかけをつくり続けていきたい」



 ひきこもりの本人や家族を支えようと、全国でNPOなどの民間団体が活動の幅を広げている。行政にありがちな効果を数値で求める「成果追求」型ではなく、当事者に寄り添って再起への道をともに探す「伴走」型の支援だ。空き家を活用した共同生活、「元ひきこもり」の経験を生かす訪問相談、ボランティア活動を通した相互サポート-。第5部は、支援の現場で中心的な役割を担う「民」の取り組みを報告する。
〈「扉の向こうへ」取材班〉


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