ホーム
最新
山梨
全国・海外
スポーツ
Eye
安心・安全情報
おくやみ・催し・人事
写真・動画
分かる・知る
ビジネス

<37>いじめは世相を映す鏡

2015年01月14日
いじめから子ども守りたい

いじめから子ども守りたい

 人は、互いを比較して序列をつけたがる。何らかの形で心理的に優位に立つ人が劣位の人を攻撃するのが、「いじめ」である。
 序列化によって必ずいじめが発生するわけでもない。「いじめ-いじめられ」の関係が成立するのは、心理的に劣位にある人が、優位に立つ人から理不尽な攻撃を一方的に受けていると認識したときである。本来、優位に立つ人は、劣位の人に対して攻撃を向ける必要などない。にもかかわらずいじめが出現することがあるのは、優位の人に何らかの心の病理が存在する場合である。攻撃するという形で心理的ストレスを発散するのである。
 学校で子ども同士のいじめが発生した場合、被害に遭った生徒に重大な心の傷が残るため、そのケアを最優先すべきである。一方、加害者の生徒がなぜいじめに走ったのかをしっかりと分析し、根本的な対応を行わないと、いじめは解決しない。加害者の攻撃性の背後には、受験の重圧や対人関係の悩みなど、何らかの心理的ストレスがある。家庭あるいはクラスなど、その生徒が属している集団の社会病理が潜んでいることもある。
 例えば、親が威圧的で弱者を蔑視するようなパーソナリティーだと、子どもが家庭内弱者として心理的虐待を受け、その憂さ晴らしに自分より弱い立場のクラスメートをいじめる。あるいは、クラス担任が「みんなで同じことをする」ということに重きを置き過ぎて、集団の輪からはずれがちな個性的な子どもに叱責を繰り返すと、クラスの中に「みんなと違うことをする人はいじめてもよい」という雰囲気ができる。こうなると、生徒たちが互いに牽制し合い、加害者と被害者が目まぐるしく入れ替わりながらいじめが複雑化し、クラス全員が強いストレスにさらされる。
 いま、自由競争を是とし、福祉が軽視される方向に社会がシフトしている。競争原理の過度な導入により、現代人は高いハードルを設定され、「負け組」となることにおびえ、強いストレスのもとで日々の生活に汲々としている。ある時点で優位に立っていても、明日はどうなるかわからない。このような社会では、優位に立った人が自分より力の弱い人に攻撃性を向けやすくなる。真っ先に標的にされるのは社会的弱者やマイノリティーの人たちだ。
 適度な競争原理は健全な発展のために必要だが、一方で個性を尊重し合い、弱者の権利を尊重する風土を作ることが、子どもたちのいじめを抑止する最も根本的な対策だ。子どもたちのいじめは世相を映す鏡なのだ。
 (本田秀夫・信州大付属病院子どものこころ診療部 診療教授)
 =第2、4水曜日に掲載します