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<1>狂い始めた歯車 なぜ… 埋まらない答え

2014年10月27日

 「シンイチが学校に行っていないの」
 妻が思い詰めた表情で口にした言葉に、峡東地域に住むヒロシ(53)は耳を疑った。15年前のことだ。シンイチは長男で小学5年生。夏休みが終わったばかりで、何の問題もなく楽しく通学していると思っていた。
 「いつから」と妻に聞くと、少し間を置いて「1学期から」との答えが返ってきた。心当たりはないという。困惑しながらも、「そのうち行くだろ」と言って話を切り上げた。
 その後、ヒロシは7年にわたって長男のひきこもりに関わっていくことになる。家族の関係に亀裂が入り、長男とつかみ合いになったことも。苦悩の日々の始まりだった。

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 ヒロシは妻と長女、シンイチ、実母の5人暮らし。保険会社で人身事故を担当していた。事故で足を切断して放心状態の男性。6歳の女の子を亡くした親は、常軌を逸して取り乱した。無理難題を押しつけてくる相手に、正論で立ち向かわなければならないこともあった。
 事故の当事者の都合が最優先のため、勤務時間は不規則になる。子どもが登校する前に家を出て、夜に帰宅すると倒れるように眠った。朝起きて新聞を開き、交通事故の記事がないと、ほっとした。
 不登校になった息子を、ヒロシは「甘っちょろい」とは思わなかった。「なぜ」「どうして」との疑問がめぐる。ただ、それも家にいる時だけで、職場に行けば頭の中は顧客のことでいっぱいになった。いま考えると、多忙を理由に家族の問題から逃げていたのかもしれない。
 息子がひきこもっていたのは、トイレだった。日によっては何時間も出てこない。トイレットペーパーを細長く丸め、三つ編みにして、お守りか何かのように画びょうで壁に留めていた。どうしていいか分からない、やるせなさを紛らわせているのか。壁には爪で引っかいたような跡が、日に日に増えていった。

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 父と息子は「馬」が共通の話題だった。競馬が趣味のヒロシの影響か、シンイチも保育園に通っていたころから馬が好きだった。競馬場に連れて行くと「おうまさん、かわいいね」と無邪気に笑った。
 ひきこもったシンイチを、ヒロシはある日、競馬に誘った。素直に応じた息子の姿をうれしく思いながら、高速バスで東京競馬場に向かったが、途中で「お父さん、トイレ行きたい。帰りたい」と言い出した。家でなければ嫌だという。真っ青な顔をした息子と、甲府行きのバスに乗り換えるしかなかった。
 「学校で、トイレに関わることでいじめられたとか、何かあるのだろうか」。ヒロシはトラウマ(心的外傷)を疑ったが、理由は聞けずじまいだった。
 「そのうち学校に行くだろう」という父親の期待と裏腹に、時間だけが過ぎていく。息子のひきこもりによって、家族の歯車も狂い始めた。
(文中仮名)


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