北京五輪特集

山梨日日新聞 2008年8月2日掲載

連載・北京で輝け県勢

競泳 加藤ゆか
<下>肉体改造

武器のスプリントに磨き   強化順調上位進出へ自信

五輪代表選考会を兼ねた今年4月の日本選手権女子100メートルバタフライで力泳する加藤ゆか(山梨学院大)。五輪に向けた強化も順調にこなした
 加藤ゆか(山梨学院大)の最大の武器は、スタートダッシュで一気に加速するスプリント力だ。大学入学直後は「力は相当あったが、泳ぎに生かされていなかった」(神田忠彦監督)。4年間かけ、首回りや肩の筋力を鍛え、強いキックを打っても、その反動で体がぶれないような体幹の強さを身につけた。

驚異的な筋肉

 地道な筋力トレーニングを黙々と続けた。通常の懸垂は鉄棒にぶら下がり、棒の高さまで胸を引き上げる。加藤はその後、腕で体を押し上げ、鉄棒に腰の位置まで上がることができる。158センチの小さな体に驚異的な筋肉をまとっている。
 北京五輪日本代表の壮行会を兼ねて行われた6月のジャパン・オープン。英国スピード社の「高速水着」レーザー・レーサー(LR)を着た日本代表が次々に日本記録を連発。LR旋風が起こる中、加藤もその渦中にいた。
 非五輪種目だが、LRを着用して臨んだ50メートルバタフライは自らの持つ日本記録を0秒38更新する26秒34の新記録を樹立。「水と一体になれた」と注目の水着に驚いていた。
 一方で、五輪種目の100メートルバタフライは国内社製の水着で自己ベストに0秒19と迫る58秒74で優勝。調整もなく、五輪への練習に打ち込み、疲労がたまった状態での好タイムには意味があった。
 「最後に充実させたかったのは肉体改造。彼女の筋力は短期間で強化できるのが特長。勝つために、さらに良いところに磨きをかける」(神田監督)。五輪切符を手にした4月の日本選手権終了後も、さらなる筋力アップに取り組んだ。ウエートトレーニングで腕、足、体幹を徹底的に鍛え直し、7月上旬の日本代表の富山合宿直前まで、重点的に肉体強化に取り組んでいた。
 ジャパン・オープンの好タイムは進化を裏付ける結果だった。神田監督は「ここに来て、まだ体が大きくなっている。非常に良い成果が出ている」と肉体改造に手応えを得ている。

充実の日々

 2004年アテネ五輪の100メートルバタフライの優勝タイムは57秒72、3位は57秒99だった。北京五輪でメダルを狙うには57秒8以内、決勝進出にも58秒1のタイムが必要とみられる。
 加藤のベストは58秒55。神田監督は「現状では届かないが、コーチとしては十分に自信を持っている」と、順調な強化が図れたことで上位進出へ自信をのぞかせる。加藤も「今までで一番充実した日々を過ごしてきた。57秒台も夢で終わらないようにしたい」と夢舞台へ準備を整えた。
 加藤が出場する女子100メートルバタフライは競泳種目の初日の9日に予選、10日に準決勝、11日に決勝が行われる。ファイナルの舞台を目指し、最後の調整が続く。


山梨日日新聞 2008年8月1日掲載

連載・北京で輝け県勢

競泳 加藤ゆか
<上>山学大へ進学

新天地に可能性求める   監督と出会い実力が開花

06年のアジア大会で銅メダルを獲得し、記者会見する加藤ゆか(山梨学院大、右)と神田忠彦監督。長所を伸ばすトレーニングで五輪切符獲得につなげた
 愛知・桜丘高2年の3月、JOC全国ジュニアオリンピックカップ(JO)出場で上京した帰りだった。「大学進学を考えていたので、いろいろな大学の練習の様子を見たかった」(加藤ゆか)。仲の良かった先輩を頼って、初めて山梨学院大を訪れた。
 神田忠彦監督と話をして「ピンときた。ここに来ようと決めた。新しい一歩を踏み出せそうな気がした」。神田監督との運命の出会いは、北京五輪へ向かう自分の居場所をみつけた瞬間でもあった。
 小学校時代にJOで優勝を経験、全国中学校大会でも3位に入った。しかし、高校時代はコーチとの人間関係などに苦しみ、伸び悩んだ。「タイムが出ないとすべて自分のせいにされる。ほめられたことは1度もなかった。コーチから離れたかった」。高校時代はインターハイの4位が最高。全国大会の表彰台に上がれなかった選手は、新天地に新たな可能性を求めた。

量より質

 「以前は、苦手なことを克服するためだけに頑張っている感じだった。得意な部分、特長を生かした方がいい」。加藤の筋力から非凡なスプリント力を感じた神田監督は、最大の武器であるスピードに磨きをかけた。
 体幹を鍛え、体の軸がぶれない泳ぎを追求し、練習は量よりも質を重視。泳ぎ込む時期もあるが、本数や距離をこなすのではなく、練習では少ない数、短い距離で全力を出し切る。
 「あまり長い時間泳がないが中身が濃い。体のダメージは大きいけれど自分には合っている。ベストタイムが出れば、次はもっと縮めたいと思った。水泳が楽しくなった」。泳ぐ喜びを感じながら意欲的に練習をこなすようになった。

国際舞台へ

 大学1年の冬に短水路(25メートルプール)50メートルバタフライで日本新。大学2年、2006年の日本選手権50メートルで初優勝した。100メートルでも3位に入り、国際舞台への扉を開いた。同年12月のアジア大会で銅メダルを獲得。07年8月の世界競泳では100メートルで6位に入った。
 北京五輪出場権をかけた今年4月の日本選手権100メートルバタフライ決勝。重圧の中で当時の日本記録(58秒62)と五輪派遣標準記録を上回る58秒55の好タイムで泳いだ。2位に入り、五輪切符を現実にした。大学1年だった3年前の日本選手権、同種目(B決勝)のタイムは1分1秒18。その2秒5差の中に大学3年間の努力が凝縮されていた。
 大学の門をたたいた時、神田監督と五輪を目指すと誓った。「自分の中では、ほど遠いと思っていた。ただ、一つ一つの試合で自己ベストを更新できたらいいなと思った」(加藤)。一歩ずつだが後退することなく、着実に夢への階段を上がってきた。



山梨日日新聞 2008年7月8日掲載

競泳 加藤ゆか(山梨学院大)

「集大成最高の笑顔で」

五輪代表選考会となった4月の日本選手権女子100メートルバタフライで力泳する加藤ゆか(山梨学院大)=東京辰巳国際水泳場
 競泳女子で長水路(50メートルプール)と短水路(25メートルプール)で五十メートルバタフライの日本記録を持つ、日本を代表するスプリンター。加藤ゆか(山梨学院大)は抜群のスピードを武器に、世界の強豪に挑む。

 北京五輪代表権をかけた4月の日本選手権百メートルバタフライ。派遣標準記録(58秒78)を突破して2位以内という五輪切符争いは、3人がほぼ同時にゴールする大激戦だった。加藤はそれまでの日本記録を上回る58秒55の好タイムをマークして2位となり、初の五輪代表の座を射止めた。

 愛知県出身。桜丘高校時代は目立った実績はなかったが、山梨学院大に入学し、神田忠彦監督との出会いで才能を開花させた。158センチと水泳選手としては小柄だが、地道な筋力トレーニングで軸のぶれない泳ぎと持ち味のスプリント力に磨きをかけ、爆発的なスピードを生み出した。

 大学2年生時、2006年の日本選手権五十メートルバタフライで初優勝し、世界への扉を開いた。同年12月のアジア大会で同種目3位、07年8月の世界競泳百メートルバタフライで6位入賞するなど着実に世界への階段を上がってきた。

 6月のジャパン・オープンは、五輪へ向けた厳しいトレーニング中の大会だったが、百メートルバタフライで58秒74と自己ベストにあと0秒19と迫る好タイムで優勝。非五輪種目だが、得意の五十メートルバタフライは「高速水着」として注目された英スピード社製のレーザー・レーサーを着用。自らが持っていた日本記録を0秒38更新する26秒34をマークし、順調な調整ぶりをアピールした。

 大学4年生。大学で選手生活を終えることを決めていて、北京五輪は最初で最後の夢舞台となる。「競技生活の集大成となる大会。納得のいくレースをして、最高の笑顔で終わりたい」と意欲的にトレーニングをこなしている。




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