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フォネットグループ・清水栄一代表<1>
「人の頭になれ」母の言葉が出発点

2015年09月03日 11時00分
フォネットグループの清水栄一代表。その半生を語った=甲府市下石田2丁目

フォネットグループの清水栄一代表。その半生を語った=甲府市下石田2丁目

6歳のころ、甲府市内の自宅で撮影した1枚。甘えん坊な子供だった

6歳のころ、甲府市内の自宅で撮影した1枚。甘えん坊な子供だった

 1962年、甲府市に生まれました。父は自営業、母は専業主婦という一般的な家庭です。3人兄弟の末っ子でしたが、2人の兄とは10歳以上離れていたこともあり、一人っ子状態で育ちました。

 ご飯を食べない、夜は寝ない、じっとしていない―。自分で言うのも変ですが、手のかかる子どもでした。幼稚園に通うのを嫌がることもあり、両親は子育てに相当苦労したと思います。

 地元の小、中学校に通いましたが、特に小学校の6年は長く感じ、早く終わらないかといつも考えていました。勉強もスポーツもあまり得意ではなく、周囲から見てもそれほど目立たなかったのではないでしょうか。

 学校の勉強よりも「本」が大好きでした。本屋の前を通ると「買って買って」とよく母親にせがんでいました。とにかく本があれば機嫌が良かったように記憶しています。「十五少年漂流記」や「トムソーヤーの冒険」は今でもよく覚えています。そのほかにもファーブル昆虫記や江戸川乱歩シリーズ、夏目漱石などの小説…。ジャンルは気にせず、図書館にある本はほとんど読み尽くしました。

 思考回路が発達する時期、雑多なものを取り入れて空想するのが好きでした。性格は明るい方でしたが、幼いころは体が弱く、自分の殻に閉じこもりがちな面もありました。そんな時はよく、見たことも行ったこともない、物語の世界に想像の翼を広げていました。

 本以外には漫画やアニメ、怪獣ものなどが大好きで、父親に連れられて見にいく映画がとても楽しみでした。今でいう「オタク」だったのではないでしょうか。

 そんな能天気な私に、母親はよく「大きくなったら人の下でなく、人の頭になりなさい」と言っていました。今の自分につながる出発点の言葉です。商売をやっている親戚が多かったこともあり、子どものころから社長になる夢は漠然と持っていました。ただこのころは「社長は会社の一番偉い人」というくらいの認識しか持っていませんでした。
<聞き手・植田裕作>


 県内関連の企業経営者に半生を語ってもらい、その成功の秘訣(ひけつ)に迫ります。
=毎週木曜日更新。次回は10日に掲載します

■フォネットグループ
 携帯ショップ運営のフォネット(1998年設立、甲府市下石田2丁目)やコンサルティングのクリエイト(1991年設立、同)、人材派遣のフリート(2004年設立、甲府市住吉2丁目)などで構成。今年8月にはグループ10社目となる「ヤマナシモバイル」を設立し、9月5日から格安スマートフォン付きの通信サービスの提供を行う。総従業員数は200人。