戦国軍師ゆかりの地巡る
「風林火山」勘助ウオーク 
歴史のロマンにひたる


 今回の「北杜市のスローライフな歩き方」は特別バージョンとして「『風林火山』勘助ウオーク」をご紹介します。勘助については7月1日号で「謎を秘めた軍師・山本勘助 〜風林火山とその時代をめぐって〜」として、八ヶ岳歩こう会事務局長・多賀純夫 さんに紹介していただきました。プリントアウトしたものを見ながら、今回のウオークに参加してみてはいかがでしょうか。


 来年放映されるNHKの大河ドラマ「風林火山」にちなんで九月十日、北杜市で「『風林火山』勘助ウオーク」(同実行委員会・山梨日日新聞社・山梨放送主催)が行われる。ドラマの主人公は、武田信玄に仕えた軍師・山本勘助。同市内に残るゆかりの地などを巡る一二・三キロのコース。のどかな農村風景の中を歩き、リフレッシュや健康づくりを図るとともに、しばし戦国の歴史ロマンに思いをはせたい。同日は勘助の命日とされる。

 八ケ岳やまびこホール駐車場で午前八時から受け付け、八時半から開会式を行った後、九時にスタートする。

 第一のチェックポイントは小池公民館から、第二チェックポイントの須玉町ふるさと公園へ。ふるさと公園は地区の憩いの場。戦国時代の重要な通信手段だった烽火(のろし)台が復元されている。高台に位置しているため眺めが良く、若神子の町を見下ろせる。

 第三チェックポイントの鎧堂観音(よろいどうかんのん)は、武田家の祖である新羅三郎義光が奥羽征伐の勝利を祈願した場所で、鎧を献上したとされる観音堂。地元では「おかんのんさま」と呼ばれている。

 第四チェックポイント高根クラインガルテン。都市住民も農業の楽しさを味わうことができる。

 山本勘助は謎の多い武将だ。「甲陽軍鑑」によると、五十一歳の時、駿州から甲斐にやって来て信玄に仕えたとされる。「きつつき戦法」を考えた人物とされるが、川中島の戦いでその戦法を上杉謙信に見破られて、討ち死にしたとされる。

 墓所は県外にもあるが、ここの墓には勘助の道号「道鬼」が刻み込まれている。この辺りは勘助の知行地だったといい、縁の深い場所。墓前で勘助を想像してみるのも楽しい。

 参加者は、スタート時に受け取ったカードに各チェックポイントでスタンプを押してもらう。完歩者には完歩証のほか、参加賞がプレゼントされる。

申し込み要項

 はがき、ファクスに住所・氏名・年齢・電話番号・参加人数を明記し、〒408−0188 北杜市須玉町大豆生田961の1、北杜市観光課に申し込んでください。

 応急処置具などは主催者で用意しますが、歩行中の事故、その他の傷害については責任を負いかねます。悪天候により中止の場合は、当日のYBSラジオ午前6時55分のニュースでお知らせします。

 問い合わせは山日YBS営業推進局、電話055(231)3121。



コース

拡大図




八ヶ岳やまびこホール

 固定席400席、可動式の175席を整備。150台以上の駐車スペースもあり、コンサートや講演会が数多く開かれる文化発信の地だ。隣接する郷土資料館には、武田氏にゆかりのある中村右近丞が埋めた経筒が展示されている。



小池公民館

 高根クラインガルテン北西に位置する。建物内には、かつて養蚕が盛んだった時代に地域住民が共同購入した蚕を保管していたこともあったという。現在はさまざまな公民館活動の場となり、小池地区住民の憩いの場となっている。



須玉町ふるさと公園

 武田信玄が川中島など信州方面へ出陣する際、武具や食料などを補給したとされ、山本勘助が統治していた地ともされる。天候が良ければ富士山を望むこともできる。



鎧堂観音

 甲斐源氏の祖とされる新羅三郎義光が愛用の鎧と十一面観音像を祀(まつ)ったのが始まり。観音は非常に馬を愛したとされていて、馬の守護仏とも言われている。武田信玄が出陣の際に必勝祈願をしたとされる場所だ。



高根クラインガルテン

 都市交流型市民農園。園内には農園のほか農産物直売所、宿泊施設、ハーブ園、ゲートボール場などを整備。そば打ちやほうとう作り、バーベキューも楽しめる。周囲は自然あふれる環境に囲まれている。



山本勘助の墓

 高根クラインガルテン北方の民家で代々、守られてきた。勘助が架空の人物とされていたころは注目を集めることも少なかったが、実在説が有力になってからは歴史ファンが数多く訪れている。民家には勘助の位牌(いはい)も残されている。

山梨日日新聞  2006年(平成18年)08月27日


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