八ケ岳暮らし、物語で表現
荒川じんぺいさん
自然の知恵、子どもたちに
週末限定の森暮らしから「八ケ岳南ろくの住人」となって3年。さまざまな山の作法をエッセーで紹介してきた荒川じんぺいさんが初めての小説「夏の洞窟」に取り組んだ。16年の八ケ岳暮らしを経て、小説という想像豊かな世界を通して自然の楽しさを子どもたちに伝えていく。太古のロマン、現代社会への危惧(きぐ)、人間らしい生き方…。「自然というのはそこに暮らす人との合作だと思う」。歴史、人間へと思いを深くした“じんぺい流”森の楽しみ方が物語の随所に散りばめられている。
「毒々しいでしょう、このキノコ。でもすべて食べられるんです。しかもこの辺で採れるものばかり」。視線の先には赤や黄の鮮やかな色のキノコのレプリカが並ぶ。二○○四年七月、北杜市大泉町にオープンした「八ケ岳南麓自然館」には、野鳥の羽根や巨大な松ぼっくりなど荒川さんの遊びの世界が広がっている。
「知識がないために毒キノコと思って、なぎ倒していく人もいる。山野草は調理法一つで毒にも薬にもなる。自然の知識を会得すれば、おいしいこと、楽しいことがいっぱいあるんです」
一九九○年に八ケ岳暮らしをスタートさせて十六年。装丁家、エッセイストとして都内で働き、週末を八ケ岳で過ごす生活を十三年続けた。自然に対する知識は地域の人に教えを請い、図鑑を読みあさって覚えた。「最初から田舎暮らしを目指していたら、つらさばかりが目に付いたかもしれない」。週末通いのスタンスが快楽としての森を学習させてくれた。

小説「夏の洞窟」(くもん出版・1470円)
■太古に根源■
荒川さんのテーマはキノコや木の実の収穫以上に自然観察だ。「週単位でしか見られなかった自然の変化を毎日確認できる。花や実の最盛期を見逃さなくなったのはいいよね」。自らの体験から感じたことをエッセーにしてきたが、ここにきて“問題”が出てきた。
八年前、灌木(かんぼく)やススキで掘っ立て小屋を復元した。木の実を磨製石器で粉にして、練って、石の上で焼いて食べる。そんな暮らしを数週間試みた。「蒸す、焼く、煮る。これは日本人の暮らしに脈々と続く知恵だと感じた。その根源は縄文時代にあるんじゃないかと」
山梨、長野の中部山岳地帯に多く残る縄文遺跡。八ケ岳の森が営々と支えてきた太古の暮らしに興味は広がった。遺跡から出土した土偶の優しい顔を見て「縄文人もきっと穏やかな生き方をしていたんだろう」と思い描いた。「縄文時代を書きたい」。体験できない推測を書くには小説というスタイルが必要だった。

八ケ岳南ろくで採れるキノコのレプリカを 見つめる荒川じんぺいさん
■信頼する心■
「夏の洞窟」は小学校高学年を対象にした児童文学。八ケ岳南ろくに住む小学六年生の男の子二人と女の子が縄文時代にタイムスリップしてしまうという話だ。三人は電気もガスもない時代を生き抜くために知恵を絞り、さまざまな試練を乗り越えていく。そこに真の友情が芽生える。
主人公のモデルは八ケ岳のふもとに住む子どもたち。「みんな親の仕事をけなげに手伝っている。いつの時代も子が父母を慕う気持ちは変わらないし、家族という単位は逃れようのない宿命。そういうつながりが切れたところに、せっかんや子育て放棄があるように思う」

荒川さんの遊びの世界が展示されている 「八ケ岳南麓自然館」
友情、家族のきずな−。小中学生が被害者となる事件が多発する中、互いを信頼する心の大切さをそっと伝える。「小学校五、六年に芽生えた友情は生涯続く」。自身の体験を通して、六十歳を間近にした今もそう信じているからだ。
豊かなアイヌ文化に縄文文化を重ね合わせると、果てしないロマンと空想の世界に思いは駆けめぐった。「アイヌの言葉に優しさ、自然に対する的確な表現を感じた」。物語の中で縄文人にアイヌ言語をアレンジしてしゃべらせた。
塩や黒曜石のナイフ、毛皮などの物々交換、狩猟した動物の血一滴も無駄にしない調理法も織り交ぜ、「電気や熱の恩恵を知らずに享受しすぎている」現代社会に警鐘を鳴らしている。
森に親しんだ十六年は「文章修業でもあった」という。森暮らしの楽しみがエッセーとなり、森で得た感動が小説へと向かわせた。「エッセーは感情を表現する、いわば肉と血の発露。小説はもっと自由奔放な世界。今は自由に八ケ岳の空間を飛び回ってみたい。この土地の豊かさがそういう気分にさせてくれるんです」
山梨日日新聞 2006年(平成18年) 01月05日
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